釣果ゼロをボウズというのは何故?

釣りに行って全く魚が釣れない場合、「ボウズだったわ~」とよく言います。
このボウズの由来は何なのでしょう?

ボウズには諸説あり

なぜボウズというのか?
諸説ありますが、いくつかひろってみました。

坊主には毛がないから

坊主には「毛がない」=「食い気がない」と表したもの。
食べられる魚の収穫がないからという意味です。

殺生をしない

仏教では殺生が禁じられています。
仏に仕えるお坊さんももちろん殺生禁止。
釣りに行っても生きている魚を釣り上げることができないことは、魚を殺さずに済んだ、という解釈です。
殺生をしない=坊主、というわけです。

儲けがない

釣果がないということは、今日の「儲け」がない。
「儲けがない」が「もう毛がない」となり、「毛がないのは坊主」という意味になったとする説です。
ボウズの同義語で「オデコ」という表現もありますが、これも「毛がない=オデコ」になったと言われています。

釣りの楽しみ方は人それぞれ

同じ釣り好きでも、ベテランになると自分の狙った魚以外はカウントしないというこだわりを持つツワモノもいます。
そんなツワモノの場合は、ボウズ=釣果ゼロではなく、自分が釣りたい魚を釣れない時だけボウズと表現することもあります。

釣りは成果ではなく、その行動に意味があるという方もいたりします。
確かに、磯や船の上で海風に当たって時を過ごすのは、それだけで心が洗われるような気がしますね。
また、釣り糸を垂らして時を過ごすことで、太公望のような達観した境地に至る感覚を味わうのもまた釣りの楽しみ方の一つかもしれません。