歴史

言葉

回教とは

なぜイスラム教を回教と呼ぶのか?かつてイスラム教がチャイナに伝わった際に、中央アジアの民族「回紇(ウイグル族)」や、イスラム教徒が住む地域が「回回(フイフイ)」と呼ばれていたことに由来するといわれる。イスラム教は唐代以降、陸路や海路でチャイナに伝わった。特に「回回」という呼び名が、イスラム教徒と関連付けられるようになり、そこから「回教」「回回教」と呼ばれるようになったとされる。チャイナでイスラム教を信仰する人々は、「回族」と呼ばれる。
言葉

学院のつく大学はミッション系ってほんと?

大学名に「学院」がつくのはミッション系、という噂があります。確かに、明治学院大学や関西学院大学、青山学院大学と、ぱっと思いつくのはミッション系ばかりです。学院大学はほんとうにミッション系なのか?論より証拠で検証してみました。全国の4年制大学は764大学平成29年(2017年)の旺文社の調査によると、日本の4年制大学は764大学。旺文社の調査では、卒業すると学士の学位が得られる大学としているので、防衛大学校や国立看護大学校などの「大学校」も含んだ数字ですが、実質的にはほぼ実態を表す数字と見て間違いはありません。そのうち、国立大学は82大学、公立大学は87大学、私立大学は588大学、学士のとれる大学校は7大学校。その私立大学588大学のうち、名前に学院(大学院大学は除く)のつく大学は63大学あります。イメージ的には結構たくさんある気がしていましたが、調べてみたら意外に少ない数字ですね。ミッション系は36/6363大学ある学院のうち、ミッション系は36大学。(厳密な意味での「ミッションスクール(キリスト教主義学校)」ではない大学も含めているので、本記事では敢えて「ミッション系」と表現していま...
習慣

入学時のランドセルはいつから始まった?

ランドセルの歴史は幕末の時代までさかのぼります。その当時は当然小学校などはなく、兵士のために作られた背嚢(はいのう)が、ランドセルの起源です。これは、オランダ布製の鞄を使ったもので、政府が西洋式の軍隊制度を取り入れる一環として行ったとも言われています。オランダ語では背負い鞄を「ransel(ランセル)」と言います。この言葉、背嚢の形、まさにランドセルはここが起源と言っても間違いないでしょう。「学習院型」がランドセルの定番明治18年、小・中学校への馬車や人力車での登校が禁じられ、学用品や弁当などを入れるためにランドセルの使用が始まりました。当時は布のナップザックのような形をしており、幕末に軍用として使われていた背嚢と同じでした。現在のランドセルの原型は、一説では、伊藤博文が大正天皇の学習院入学を祝って作らせたものだと言われています。それは布製の背嚢ではなく、革製の丈夫な鞄でした。この型は「学習院型」と呼ばれ、現在も受け継がれています。ランドセルが全国に普及したのは、昭和30年以降のこと。敗戦の痛手から立ち直り、徐々に社会が豊かになり始めた頃です。都市部ではランドセルが多く見られるようにな...
言葉

いなせの本当の意味? 由来は何?

「いなせだね~」というと、「粋な男性」を褒める時にかける言葉です。しかし、言った本人も本当の意味は知らないけど、なんとなく良い響きの言葉だから言ってみた、くらいの感じだったりするのでは?悪い言葉ではないですから、罪はないのですが、せっかくだから「いなせ」の本当の意味を確認しておきましょう。いなせ=鯔背「いなせ」は漢字で書くと「鯔背」です。漢字で表現すると「?」です。鯔は「いな」(ボラ)という魚です。それに背が付いて「いなせ」。言葉そのままだと、「あなたはボラの背中のようだ」と言ってることになります。これが褒め言葉になるのにはちゃんと理由があります。なぜボラの背中が良いのか?いなせの言葉ができた江戸時代には、「鯔背銀杏(いなせいちょう)」という髪型が日本橋の魚河岸で働く若者たちの間で流行していました。もともと、髪型で銀杏(いちょう)は町人の髷の形で、後頭部が銀杏の葉に似た形になっているのでこの名が付きました。髷に結った髪の末端はたばねて頭頂部に載せ“ちょんまげ”になります。これを少し片寄りにして曲がって載せる「すこし崩れた感じ」。それが、ボラの背に似ていたことから鯔背銀杏と呼ばれるように...
習慣

左からの横書きが始まったのはいつ?

日本語は縦書きと横書きで書いていく方向が異なります。縦書きの時は右上から書き始め、左の行へと移っていきます。しかし、横書きになると左から書き始めて右へ移動していきます。何故なのでしょう?子供ながらに不思議に思い、親に聞いてみると、「そういう事になっているから」と言われるのがオチでした。もともとは横書きも右から左古文書、骨董品、掛け軸などでは「左からの横書き」は存在しません。左からの文字の書き方が日本に伝わったのは明治時代以降のことです。文明開化の音がなると同時に西洋文化が流れ込んできました。しかし、文明開化が始まってもしばらくは、「右から左」の横書きが一般的でした。店先にかかる◯◯商店などの看板も、大正時代や昭和初期に発行された書籍のタイトルも、横書きの場合は「右から左」が常識でした。西洋文化にあやかるのが好きな学者さんや新聞社、出版界の人々でも、「右から左」の横書きという習慣からはなかなか抜け出せずにいたということになります。昭和17年の文部省の指導昭和に入る頃には日本語の表記でも横書きのものが増えていきました。純日本製は右から左、欧米製は左から右という「文字の左右戦争」が起こります...
言葉

べらぼうめ!ってどういう意味?

時代劇でよく威勢のいい登場人物が「べらぼうめ!」というセリフを口にするのを見たことはありますが、その「べらぼう」っどういう意味なのでしょう?人を罵る言葉「べらぼう」という言葉の意味はだいたい以下の通りです。 程度がひどい。はなはだしい。 ばかげている。 人を罵る言葉。バカ。たわけ。どれもヒドい言い方です。かろうじて「程度がひどい」という意味で、物の値段を「べらぼうに高い」と言えばまだ普通の会話になりますが、「べらぼうめ!」と人に向かって言えばストレートに罵声を浴びせるのと同じことになります。時代劇では頻繁に耳にする言葉ですが、実際に使ったらすぐ喧嘩になりそうな意味だとわかります。べらぼうの語源は?そんな「べらぼう」ですが、そもそも語源はどこから来ているのでしょう?諸説ある中でもっとも有力視されているのが、江戸時代前期の寛文年間(1660年頃)のことです。見世物小屋で全身が黒く、頭がとがり、赤く丸い眼球をして、猿のようなあごの奇人が話題になりました。今となっては、アフリカ系や南アジア系の肌の黒い人を見世物にしていたのだろうと想像されますが、江戸の庶民にしてみれば見たこともない風体に度肝を...
習慣

おひなさまの始まりは?

桃の節句のひな祭り。春の到来に彩りを添えるのが「おひなさま(お雛様)」です。おひなさまの起源おひなさまの起源については正式な資料はなく、最古のものとしては、縄文時代の「土偶」ではないかとされています。多産と豊穣のために作られた地母神が、おひなさまの始まりとの説があります。弥生時代には、藁と布で作られた人形が登場します。「天児(あまがつ)」「這子(ほうこ)」と呼ばれていて、古墳時代の「埴輪」と続きます。人形(ひとがた)で対象物を作り、お祓いの儀式として使っていました。この形は、奈良時代まで続き、人形信仰と根付きます。それが、現在のおひなさまの原点であるとの説が有力です。遊具としてのおひなさま平安時代に入ると、紙で作った人形と御殿でのお人形さん遊びが流行します。「雛遊び(ひいなあそび)」と呼ばれ、貴族の女児たちの間では、女の子の遊びになっていきました。同時期には「流し雛(ながしびな)」もありました。この時には、3月3日は上巳の節句(じょうしのせっく)とされていて、穢払いの意味がありました。雛遊びはあったものの、お祓いの要因は変わらなかったようです。安土桃山時代のおひなさま天正年間に入り、初...
言葉

親等の数え方は?

普段の生活では縁のない「親等」という言葉ですが、いざ相続や結婚といった場面になると曖昧にはしておけない大事な言葉になってきます。この「親等」はどうやって数えたらいいのでしょうか?自分を中心に数える親等の数え方は、自分自身を起点にしていますが、自分自身(本人)はカウントしません。自分の親、自分の子はどちらも1親等です。親等とは、親族間の近さの数え方です。自分から見て祖父は2親等。曽祖父は3親等というように縦線はとてもわかりやすいのですが、兄弟や親戚が交じると少しずつ複雑になります。ちなみに、兄弟は2親等になります。親等の歴史親等制ができたのは明治の初期です。民法の制定と同時に、親等制が導入されました。親等制における血族は6親等まで、家族としての傍系親等は3親等までとされたのもこの時です。下の図でグレーの部分が直系、青い点線で囲まれているところが民法の規定による「家族」です。赤い鎖点で囲んだ範囲が「血族」です。配偶者の親、祖父母、曾祖父母も直系(姻族)です。血の繋がりがある間柄は血族、婚姻で結ばれた家族は姻族と呼びます。配偶者だけは特別で、姻族でも血族でもなく、シンプルに「配偶者」です。親...
言葉

助六の由来は?

お弁当の1つで助六というのがあります。これは人の名前のような気がしませんか?助六って誰なのでしょう?助六の由来は歌舞伎の登場人物時は、江戸時代中期。庶民に人気の娯楽と言えば歌舞伎です。中でも名実ともにナンバーワンの座にいたのが現代にも続く歌舞伎宗家・市川團十郎家。その團十郎の人気演目のひとつに「歌舞伎十八番之内 助六」(「助六所縁江戸桜(すけろく ゆかりのえどざくら)」)がありました。現在でも團十郎が演じる「助六」は、江戸文化の「粋」を具現化した歌舞伎の極致とまで言われるほどの人気演目です。スーパーやコンビニのお弁当コーナーの定番である「助六」も、この古典歌舞伎「助六」にあやかって名付けられたものでした。おいなりは助六に欠かせないアイテムなぜ歌舞伎とお寿司なのでしょう?歌舞伎好きの庶民にとっては、歌舞伎を見ながら食べるお弁当も楽しみの1つでした。しかし、華美に走りがちな江戸の庶民の気持ちを引き締めるために、幕府からはしばしば贅沢禁止の倹約令が出されていました。本来なら、寿司と言えば江戸前の新鮮なお魚を使った刺し身を食べたいところですが、倹約令が出ている中では豪華な寿司を食べるのもはばか...
言葉

花魁 読めるけど意味も由来もわからない不思議な言葉

吉原は花街として長い歴史を誇る地域です。遊郭という仕組みが消滅した現代でも、吉原は男たちの欲望を受け止める特別な場所として甘美な響きを放ち続けています。「花魁」は謎に包まれた言葉江戸時代、その吉原の遊女の中でも最高位にランクされていたのが「花魁」です。花魁と書いて「おいらん」。読み方は多くの人が知っているけど、その意味や由来は不明という不思議な言葉です。遊女の最高位を「おいらん」と呼ぶことはわかっていても、何に由来するのか? そもそも「おいらん」という言葉にどんな意味があるのか? 確かなことは何一つわかっていないのが実情です。ただ18世紀中頃、宝暦の頃(1851~1764)に、それまで遊女の最高位であった「太夫(たゆう)」が廃止され、かわりに「散茶(さんちゃ)」と呼ばれた遊女の中から、遊郭の中でも地位の高い「呼び出し」(人気と稼ぎが高く、他の遊女とは別格の扱い)が「おいらん」と呼ばれるように変化した、という辺りは定説となっています。「呼び出し」は禿と新造を従えて茶屋で客を迎える高級遊女。吉原で太夫が廃止された後、その地位にとって代わる高級遊女です。実質的には「太夫」→「呼び出し」→「花...
言葉

カトリックってどういう意味?

子供たちも恋人たちも、みんなが楽しみにしているクリスマス。そのクリスマスはキリスト教にまつわるお祭りとして知られていますが、キリスト教には歴史の授業で誰もが教わる「カトリックとプロテスタント」の二大流派が存在します。カトリックってどういう意味?プロテスタントは、宗教改革でローマ教会に「抵抗、抗議」して立ち上がった人たちの流れ、という意味で英語の「protest」にも通じる意味から来ているというのはなんとなくわかるのですが、では、「カトリック」の意味は?と問われると、何人の人が答えられるでしょうか?信仰にまつわる話は抜きにして、単純に言葉の由来が知りたくて調べてみました。正式名称は「ローマカトリック」カトリックの正式名称は、ローマカトリックです。ローマ教皇を頂点として世界最大12億人の信者が存在しています。英語表記では「catholic」なので、日本のメディアでは「カソリック」と書かれたり発音されたりすることもありますが、発音が違うだけで中身は同じです。ローマカトリックでは教会が最大の権限を持ち、階級組織が存在しています。教会の中ではもちろんのこと、信者の間でも厳しい規律が守られています...
言葉

シーザーサラダ誕生に関するいくつかの謎

一昔前はレストランで食べるサラダといえば、ポテトサラダかシーフードサラダが定番でしたが、いまやどこへ行ってもサラダといえばシーザーサラダです。名前を口にするだけでリゾート気分なにしろ「シーザーサラダ」という言葉の響きからくるおしゃれ感がハンパありませんからね。シーザーサラダと発するだけで、近所のファミレスがあっという間に海辺のリゾートに早変わり!ってくらいのトロピカル効果満点です。何が入っているのか、ドレッシングの味付けがどんな具合なのかもいまいち定かでない人も中にはいるかもしれませんが、レストランでも居酒屋でもとりあえずシーザーサラダを注文しておけばOKでしょう、みたいな風潮すら感じられる今日この頃です。ちなみに、シーザー「ス」サラダではなく、シーザーサラダが正式(?)名称です。英語表記では「 Caesar Salad 」です。メキシコ生まれのアメリカ育ちシーザーサラダが誕生したのは1924年。7月14日と、日付まで特定されています。場所は、メキシコ北西部の都市ティファナのホテル「シーザー・パレス」。ティファナ(ティフアナと表記する場合もあり)は米国カリフォルニア州と国境を接する地域...